長野県内にも甚大な被害をもたらした
台風19号から二か月が経ちました。
被災地のセラピストとして微力ながら
少しずつしてきたことを綴ってみようと
思います。
想像もしてなかった被害にしばらくは
ただ茫然とテレビの映像をみていました。
生まれ育った上田も今住んでいる長野も
被災地…
幸い自宅もサロンも被害はなかったのですが
信じられない光景は遠い他県の話ではなく
すぐそこの少し車を走らせれば広がる
見慣れた地域。
でもすっかり姿を変えていた景色。
2日後くらいにようやく被害の可能性のある
住所のお客様や知人に少しずつ連絡をとったり
Facebookの投稿で被害の大きさを改めて知り
愕然としたり。
結局1週間のうちに私ができたことといえば
車が浸水した友人に差し入れをしたことくらい。
自分も何かしなくちゃと思いながらもすぐに
大変な現場にボランティアに行ける訳でもなく
もどかしくじれったい気持ちで過ごして
いました。
被災していないのに肩や首がとても凝りました。
後から聞くと同じように
何かしたいのにすぐに動けない
大変な思いをしてる人が沢山いるのに
申し訳ない…と
自分のことを情けなく思ってしまう人が
とても多かったことを知りました。
これは被災地でなければ知らなかった心理で
被災してないけれど多くの人が味わった感情
のようです。
そして後日鍼メンテナンスに行った時に
先生がやっぱり同じようなことを言っていて
「台風後、被災していないけれど不調の方が
とても多い。何かしなくちゃと焦って自分を
責めてしまう患者さんが多い。
そんな方たちのココロとカラダを慰めたり
癒すのが鍼灸師やセラピストの役目。
だからそれだけで充分貢献しているんです。」
と。
なるほど~とその言葉でずいぶん気が楽に
なりました。
台風後、すぐに思い立ったことがありましたが
それを行動にうつせたのは約2週間後くらい。
被災地のセラピストとしてできることは何か?
被災された方にボディケアのボランティアを
したいと思っていて、ようやくお世話になってる
セラピストさんや繋がりのある仲間のセラピスト
さんに声をかけはじめましたが事情があって
すぐに一緒に動ける方は少なく…
そんな中、自分はすぐは動けないけど知人が
すでに長野市内のケアボランティアグループ
に登録して活動してるよとの情報をお声がけ
した先輩セラピストさんからいただき
私も早速登録してみました。
すでに私で40人目くらいの大きなグループに
なっていて
しかも台風後もう3日後くらいには立ち上がって
いたことを知り代表の方すごい!と思いました。
ケアボランティアの受け入れ態勢が整っていた
北部レクリエーションパークに
4回ほど足を運びました。
仕事の合間をぬってなので行けたのは
平日の午後二時間ほど。
その時間は働ける世代の被災者の方方たちは
みんな復旧作業に出かけてしまっているので
だいたいいつも管理等のおじいちゃん
おばあちゃんにヘッドや肩背中、ハンド、
フットなどリクエストをお聞きしながら
その場で服を脱がずにできるケアをさせて
いただきました。
だんだんと避難所の寒さも厳しくなって
きたのである時はこんな保温調理鍋とポット
持参でホットストーンを足裏にあてて施術したり。
「あったかくて具合いいいね~」ととても
喜んでいただけて嬉しかったです。
おそらくりんご農家さんであろう手の皮が
とても厚くごつごつしたおじいちゃんの手。
あまり多くは語らずただありがとうと
おっしゃいました。
冷え切った足、そして肩が凝って仕方ないと
いうおばあちゃん。
みなさん、たださわってさすってもらえる
だけでありがたいとおっしゃいます。
この時、セラピストをやってて本当によかった
と思いました。
微力ですができる限り寄り添ってお話を聴き
ただ相づちをうつこと、お身体のケアをする
くらいであまり気の利いた言葉はかけられ
ませんでしたが…
台風から3週間後くらいに一度半日だけ
高校生の娘にもこの現実を知っておいて
欲しいという思いもあり一番被害が大きい
穂保地区に一緒にお手伝いに行きました。
まさにその辺りの方が多かった
避難所のおじいちゃんおばあちゃんたち。
「元の家に戻ってくるかはみんな
分からないし決められない。
この2~3年の様子見て考える。」
とお話していたのが忘れられません。
やはり被災された当事者でないと本当の
やりきれない気持ちは分かりません。
私にできるのはただ手のぬくもりを伝えるだけ。
言葉ではなく手から「どうか乗り切ってください」
という気持ちを伝えることしかできません。
いつもお会いするかなりご高齢のおばあちゃん
がいたのですが、いつも明るく元気で
お話するとこちらが力をいただいてました。
どうかみなさんが新しい住まいでもお元気で
寒い冬を乗り越えられるよう願っています。
この避難所は閉鎖してしまったので
つい一昨日は古里公民館で被災者でありながら
ボランティアをしている若い世代の方々に
施術させていただきました。
お身体に触れるとずっと頑張り続けている
ことがよく分かります。
なのでがんばってくださいと声はかけること
ができず「また来ますね」とだけ言って帰り
ました。
避難所は閉鎖してしまったけれど
せっかくの避難所でのコミュニティを
繋げていけるようバラバラになった被災者
の方が時々集えるようボランティアをして
いくそうです。
細々ですがまた折をみてケアをさせていた
だこうと思っています。
台風から約一か月後に
チャリティーイベントにパルムレも協賛
させていただきました。
ご自宅が近い時によもぎ蒸しに通って
くださっていたお客様でもありいつも
気さくに接してくださる先輩セラピスト
さんのあきこさん。
須坂のご実家の会社の一部が浸水し
少しだけお手伝いに行ったことがきっかけで
あきこさんが主催した台風復興の
チャリティーイベントにアグラアツと
ヘッドケア&ホットストーンセラピーで
協賛させていただきました。
冒頭の看板もその時のものです。
「Lei Aloha~ありがとうを束ねて~」
というこのイベントは…
被災された方、事情があってなかなか
復旧作業のお手伝いにいけないけど何か
協力したい方などに向けて15人の女性
たちがそれぞれの得意分野で出店し売り上げ
を今回の台風の復旧復興のための義援金と
して寄付するというチャリティーイベントです。
この日一日集まった人達で
「元気になろうよ」「元気だしていこー!」
というコンセプトの元、実際にそういう
エネルギーで会場があふれ皆の力を合わせて
大成功に終わりました。
足を運んでくださった方々からも
喜んでいただき参加した私たちも笑顔に
なれる素晴らしいイベントだったと思います。
そしてこのイベントをきっかけに自分自身も
台風以来久しぶりに本来の元気を
取り戻せたことに気がつきました。
このイベントでつながった方たちとは
その後もいろいろ形でつながっていけそう
です。
そして、台風以来どうしてもあった自粛ムード
も自分の中ではこの日を境に解禁しました。
多くの人が声を上げていたけれど
復興資金をつくるためにも経済を回さないと
いけない…
これも観光地長野県にとっては本当に切実な
問題。
解禁してからはできるだけ普段どおり
戸隠に新そばを食べに行ったり小布施に
ランチに行ったり。
二か月経ったけれどあっちもこっちも台風の
爪痕が痛々しく復旧復興はまだまだ時間が
かかることを感じさせます。
それでも今回の被害に向き合って
何か自分のできることを…と
毎日のように復旧作業に出向いたり
炊き出しをしたり
物質の仕分けや託児ボランティアをしたり
私のようにケアボランティアをしたり
それぞれ自分の得意とすることで
支援をする知人友人の姿を見てきました。
そして長野を愛してくださる県外ボランティア
の方々の多さに驚き本当にありがたいと
思っています。
今朝の新聞にユーミンさんまでも。
別所線かけはしプロジェクトに賛同して
くださりメッセージを寄せてくださったそうで。
いろんな方が応援してくれているのは
本当にうれしいこと。
初めての身近な大きな災害。
そして初めてのボランティア。
今まで自分の家族、自分の仕事以外に
なかなか目を向けられていなかったけれど
この二か月で地域のこと、環境問題、高齢化社会
社会貢献のことなど改めて考える大きなきっかけ
となりました。
微力であったとしても
自分で一歩踏み出し
人のために行動できたこと
セラピストとしてできることを模索し
疲れている被災者の方の力になれたこと
改めてこの仕事を誇りに思えたことは
私の中ではとても大きいことです。
手から想いを伝えることができます。
そして災害時にココロとカラダのケアを
必要としている人はとても多い。
復旧復興は長期戦なので
私も自分のできることを細くても
長く続けていきたいと思っています。
長文最後まで読んでくださり
ありがとうございました<m(__)m>
最近のコメント